緩和ケアって何だ?
大田病院 外科 田村 直


1.ホスピスの歴史と発展

 緩和ケアを語るうえでホスピスの歴史と発展は重要な位置を占めます。ホスピスで提供される「ホスピスケア」が緩和ケアの原点になっているからです。ホスピタル、ホスピス、ホテル、ホステス、ホスト。少し雰囲気が違う言葉ですが、みんなラテン語のhospitium(温かいもてなし)が語源です。暖かくもてなす心が緩和ケアの原点なのです。
 ホスピスの始まりは中世ヨーロッパの聖地巡礼の途中で過労や病気になった人を修道女たちが手厚く看病したことにあります。1967年に近代的ホスピス第1号としてロンドン郊外に聖クリストファーホスピスが設立しました。創設者は昨年亡くなられたシシリー・ソンダース先生。ここからホスピスムーブメントと呼ばれる一種の医療革命、社会運動が世界中に広がりました。
 それは死を否定的にとらえてきたそれまでの医学の流れにたいして、死は避けられない自然な出来事としてとらえ、不自然な延命より、苦痛を緩和して人間らしい生を全うするのを援助するという基本姿勢に立つものでした。
 日本では1977年に大森で医院をやっておられる鈴木壮一先生たちが聖クリストファーホスピスを訪問し新聞記事となりホスピスの働きについて紹介されました。1981年に日本に初めて施設としてのホスピスが設立され、2005年12月現在153施設2890病床のホスピス、緩和ケア病棟が開設されています(東京17施設)。
 日本ではホスピス・緩和ケア病棟に入院できるのはがんとエイズの患者様に限られています。心不全や呼吸不全など死にゆく患者様の病気はさまざまです。病気による制限が早くなくなるといいと思います。現在、1年間でがんで亡くなる方は約30万人です。とすると、10%弱の方がホスピス・緩和ケア病棟で亡くなり、70%以上の方は一般病棟で亡くなっていることになります。このことは緩和ケアの技術や思想が一般病棟でも必要なことを示しています。

2.緩和ケアの定義

 世界保健機関(WHO)は1990年に出版した「がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア」のなかで緩和ケアとは
・治癒を目的とした治療に反応しなくなった疾患を持つ患者様に対して行われる積極的で全体的な医療ケア。
・痛みのコントロール、痛み以外の症状のコントロール、心理的な苦痛、社会面の問題、スピリチュアルな問題の解決が最も重要な課題。
・最終目標は患者様とその御家族にとってできる限り良好なQOL(クオリティー・オブ・ライフ=生の質)を実現させること。
・緩和ケアは末期だけではなくもっと早い時期の患者様に対しても有用である。
と述べています。
 緩和ケアは、生きることを尊重し、誰にでも例外なく訪れることとして死にゆく過程にも敬意を払い、死を早めることも遅らせることもせず、死が訪れるまで患者様が積極的に生きていけるよう患者様と御家族を支援し、死別後の御家族の苦難への対処を支援するケアです。

3.トータル・ペイン(全人的苦痛)

 緩和ケアの対象となるのがトータル・ペインです。これはシシリー・ソンダース先生ががんの患者様と関わった経験から、患者様が体験している複雑な痛みのことを表現した概念です。
 痛みとは単に身体的な側面(例えば腹痛とか傷の痛みなど)だけでなく精神的苦痛(不安、恐怖、怒り、うつ状態など)、社会的苦痛(経済的な問題、仕事上の問題、家族関係など)、スピリチュアルな苦痛(生きる意味の喪失、自分の価値の喪失など)から構成されているという視点です。私たち医療者は患者様が訴えるのが体の痛みだけであってもトータル・ペインがあるんだという目で接する必要があります。
 こうした複雑な痛みに対してよりよいケアを行うためにはチーム医療が不可欠です。医師、看護師、薬剤師、栄養士、ソーシャルワーカー、ボランティアなどいろいろな職種の人たちがそれぞれの専門知識や技術を持ち寄ることでケアが成り立っていくのです。

トータル・ペイン(全人的苦痛)の概念

 「痛み」とは身体的な苦痛だけでなく、以下のとおり複雑なものであることを理解する必要があります。

身体的苦痛
腹痛・傷の痛みなど

社会的苦痛
経済的な問題・仕事上の問題・家族関係など

スピリチュアルな苦痛
生きる意味の喪失

精神的苦痛
不安・恐怖・怒り・うつ状態など

4.大田病院における緩和ケア

 大田病院では1992年から「キャンサー・クラブ」という緩和ケアの勉強会を月に1回行っています。緩和ケアの知識を深めたり症例検討をしています。この活動をなるべくたくさんの患者様のケアに役立てるため1996年に緩和ケアチームを作りました。各病棟の患者様のいろいろな症状、問題を解決する相談係の役割を担っています。
 治すことが難しくなってしまった病気の患者様には主治医だけでは解決できない問題も少なくなく、私たちが長年ああでもない、こうでもないと悩みながら経験してきたことや知識が役に立つことがあります。なるべく、気軽に相談できるような仕組みにしています。
 緩和ケアは病院だけで行われるものではありません。外来、在宅でもつらい症状が和らげられるようにしています。在宅で最後を迎えたいという希望のある患者様には定期の往診以外に臨時の往診もしています。最近では在宅での緩和ケアの機会も増えてきて、訪問看護ステーションの看護師もたくさん「キャンサー・クラブ」に参加しています。
 緩和ケアが病院、外来、在宅で十分に行われるようにこれからも活動していきたいと思っています。
 長年、手術を通してがんの診療をしてきましたが、手術だけではなく化学療法、放射線療法、緩和ケアといろいろな知識が必要となってきます。今、医療の世界は専門医がはやっていますが、緩和ケアの思想や技術は緩和ケア専門医だけでなく、すべての医療者に必要ではないかと思います。

<私も一言>
「NHKスペシャル日本の癌治療を問う」を見て
大森・糀谷支部 鏡政子

 1月8日夜のテレビで癌治療についての日本の現状を見ました。主として、癌患者の訴える痛みに治療はどうあるべきかというものでした。そこで緩和ケアという治療に対する認識の浅いことが思い知らされました。
 大学病院、その他の病院で緩和ケアの科があるにもかかわらず、主治医は患者を抱えて離さず緩和ケアに紹介しないと言うのです。医師どうしが縦割りで連携がないというのが一般的なようです。
 しかし大田病院は設立当初から常にチームで医療をすすめていると聞いています。田村先生の癌患者と家族に向き合う貴重なお話しを聞いたことがあります。これこそ民医連のすばらしさだと思いました。大田病院はじめ付属診療所では癌に限らず患者の心身の痛みに耳を傾け、検査に現れないものも治療するという研究を重ね、頼りになる病院になってほしいと思います。

 

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