自閉症を正しく理解する
大田病院医師 細田 悟


ブッダの教えと「超ひも理論」
 前回はノーマライゼーションについて、お話しをしました。難しい言葉のようですが、実はごく当たり前の、あるべき社会の姿なのです。例えばブッタは仏教の基本的な教えのなかでこの世の中ではどんな人も誰かに必要として生まれてくると教えています。獣も、虫も、植物も命のない石や水にさえ何かの役に立つようにそこに存在しています。そして万物は宇宙のなかで全てがつながっているものだと悟しています。興味深いことに最新の理論物理学でも、物質の最小単位について解明した「超ひも理論」のなかで、この仏教の宇宙観と似たようなことを論じています。

自閉症という障害
 さて、様々な障害、ハンディキャップを持った人たちと共に暮らしていく社会を作っていくために、私たちは障害について正しく理解しなければなりません。正しく理解されなかったために、例えば障害を持った人たちが、偏見を持たれ、誤解され社会からもはじき出され隔離されてきた歴史があるのです。
 皆さんは自閉症の事をどの程度知っていますか?日本では自閉症の事を研究する専門家が少なかったために、最近までかなり誤解されてきた疾患の一つです。自閉症の人たちは厚労省でも調査していないので、正確な数はわかっていませんが、案外多いのではないでしょうか。ダウン症の人たちと同じくらいいるかも知れないという印象を持っています。皆さんもたまに電車などで見かけているはずです。親と一緒にいるのですが、何となく落ち着かなくて、時々奇声を発することもあります。以前は自閉症児は親の子育て失敗のせいで障害を持つと考えられていました。親から子への語りかけが少ないから、夫婦の会話が少ないから、親の愛情が希薄だから、遊ばせないから、はては抱きしめてあげないから等々。しかしこれらは全て誤りでした。残念ながら自閉症は生後の教育による障害ではなくて、先天性の脳の障害です。脳の神経細胞―シナプス―の連携が一部うまく繋がっていないためにおこる障害と考えられています。未だに日本の自閉症に関する書籍や区市町村等のパンフレットなどに、上手に教育をしてあげれば改善するかのように書かれていますが、病気の基本的な部分は変わらないのです。この病気の本質は「同一性保持の障害」と言います。例えば皆さんは普段の生活の中で代名詞というものをしばしば利用して、物事を理解しています。あなたは夫のことを、太郎さん、彼、おとうさん、会社員、あの人、だんな、等々状況に応じて様々に使い分けていますが、どれも同じ一人の人物であると理解しています。ところが自閉症の人は、代名詞を使えない障害があるので、そのような状況になると理解ができず、パニックを起こしてしまいます。物事のほとんどのことを、1対1対応でしか理解出来ない障害なのです。自閉症の人は重いてんかんの合併症を持つ重度の人から、日常生活にはほとんど問題のない軽症の人まで様々なレベルの人がいます。軽症の人の中には、時に世の中の人をびっくりさせるような記憶力を持つ人がいます。代名詞が使えないかわりに、1対1対応だけで理解するように、脳が代償した結果と考えられます。ここまで読んで自閉症の事がかえってよくわからなくなった人は、良い方法があるので是非試してみて下さい。

映画「レインマン」

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 名作映画の中に「レインマン」という作品があります。この映画を3回くらい観ると自閉症のことが良く理解できると思います。自閉症役のダスティン・ホフマンはこの映画に出演するために、自閉症の専門施設に1年間泊まり込んで、行動や習性を学んだそうです。(アメリカには自閉症の人が暮らす専門施設がありますが、日本には一つもありません)精神科の先生にこの映画の感想を聞いたところ、ダスティン・ホフマンがラスベガスでお金を稼ぐ場面以外は(この部分はできすぎ)ほぼ忠実に障害の様子が再現されているとのことでした。「レインマン」のストーリーを追いながら自閉症特有の行動パターンをみてみましょう。ダスティン・ホフマンにはほとんど連絡のとれない弟(トムグルーズ)がいました。ある時父親が亡くなって莫大な遺産のほとんどをダスティン・ホフマンが受け取ることになりました。父親は障害を持つダスティン・ホフマンの身の先を案じて、多くを与えたのでしょう。しかしその知らせを聞いたトムクルーズは納得できず遺産を少しでも受け取ろうと、ダスティン・ホフマンを施設から連れ出します。ちょうど自分の事業にも失敗してまとまったお金が必要だったのです。東海岸の街から西海岸のロサンゼルスへ向かいますが、苦難の旅の始まりです。アメリカは広いので普通は飛行機を利用しますが、ダスティン・ホフマンは飛行場の飛行機の事故や故障の記事を全部記憶していて、結局どの飛行機にも乗れないと言い張るのです。何とかレンタカーを借りて西へ向かうのですが、途中下着が必要になります。トムクルーズは今はいている下着と同じメーカーのものを買ってきます。しかしダスティン・ホフマンは、それは自分の下着ではないと言います。施設の街にあるKマートの2列目の棚の3段目に置いてある下着が自分がはく下着で、それ以外の下着は身につけないと言うのです。無理強いするとパニック状態にとなり、叫んだり暴れたりします。モーテルのベッドも同じ位置関係にないと寝れなかったりします。これらが「同一性保持の障害」、1対1対応しか出来ない、自閉症特有の行動パターンです。アメリカの専門施設では、その点をよく理解した介護スタッフが必要に応じたケアをしています。例えば自閉症の人の部屋の家具の位置は、めったに変えません。本1冊、コップ1個の位置関係さえ変えません。パニックになってしまうからです。残念ながら日本には自閉症専門の施設は1つもなく、介護スタッフに専門の教育をするシステムもないので、重度障害者施設で他の障害者と一緒にわけがわからない状態で誤った介護がされているのが現状です。それでも施設を利用できればまだましな方で、ほとんどの自閉症の人たちは行くあてもなく、ひたすら家族介護に頼って生活しているのです。

ダスティン・ホフマンの選択
 さて、健常者ではとうてい理解できない行動とパニックに悩まされながら、道中を供にしてきたトムクルーズは苦労しながらもだんだん兄が好きになってきます。そしてたった一人の家族であるダスティン・ホフマンを心から大切に思い、お金などいらないから一緒に暮らしたいと告白します。施設の先生はそれは無理だとなだめます。それでもトムクルーズはあきらめきれず、ダスティン・ホフマンがどちらかを選択することになります。映画のラストシーンです。ダスティン・ホフマンはどちらを選ぶでしょう。現在(と言っても10数年前)のアメリカ国民の自閉症に対する1つの考え方をこの映画は教えてくれます。日本ではどのようなシステムで自閉症の人たちと暮らしていくべきか、一人一人が考えていかなければならない課題です。
蛇足ですが、トムクルーズは今や世界ナンバー1男優と言われる名優ですが、実は障害を持っています。生まれつき文字を認識できない、失語症の一種の高次脳機能障害を持っています。映画のセリフは耳で覚えるのだそうです。

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