今回は、たばこと各疾患の関連についてお話したいと思います。
肺がんによる死亡者は戦後50年で50倍以上に
戦後の復興と共に肺がん死増える
肺がんは喫煙と最も関連性の高い疾患と考えられています。
わが国では第2次世界大戦後、たばこも他の物資同様に供給が不足していましたが、朝鮮戦争による特需で景気が急激に上向くと、紙巻きたばこの生産量、消費量共に伸び、それに伴って肺がんの患者数も大幅に増えました。戦後間もない1947年に年間 768人だった肺がんによる死亡者数は、92年には4万163人と、52倍にも増加しました。肺がんが多いのは先進国に共通した特徴ですが、21世紀に入った日本でも、肺がんが胃がんを超えて最も多いがんになると予想されています。
喫煙量に密接に関連
肺がんによる死亡率とたばこの消費量を見ると、その上昇カーブは似ています。
また、日本では、男性の喫煙率が低下しているにもかかわらず死亡率が上昇しています。これは、喫煙者1人当たりの喫煙量が増加し、また戦後からの喫煙の蓄積の影響が現れはじめたためではないかと思われます。多くの疫学調査によると、肺がんによる死亡の危険性は、下記の要素を満たすほど高くなるという結果が出ています。
1. 1日当たりの喫煙量が多いほど
2. ふかすだけに比べて煙を深く吸い込むほど
3. フィルターありに比べてフィルターなしのたばこを吸うほど
4. 低ニコチン・低タールのたばこに比べて高ニコチン・高タールのたばこを吸うほど 胃がんの危険性も喫煙者は50%増し
胃がんによる非喫煙者の死亡危険度を1.00とすると、男性喫煙者の胃がんによる死亡の相対危険度は1.45になるという調査結果があります。非喫煙者と比較すると、喫煙者の胃がんで死亡する率は約5割増しというわけです。
DNAの複製の失敗が、がん化のポイント
左が正常な肺、右が喫煙者の肺 |
近年、活性酸素の及ぼす害について取りざたされています。
たばこの中に含まれる物質によっても、活性酸素が精製されます。そしてそれによりDNAが傷つけられるという説や、たばこの中のベンゾピレンなどの発がん物質が、体内で活性体に変わり、DNAに結合して発がん性を示すといった説も唱えられています。いずれにせよ、たばこに含まれるある種の物質が、細胞分裂の際にDNAの複製を正しく行わせない作用をしているようです。また、たばことがんというとすぐに連想されるように、肺がんの重要な因子であると指摘されてきました。しかし、喫煙者は肺がん以外にも口こう、こう頭、食道、胃、すい臓、腎臓、ぼうこうなどのがんにかかるリスクが、非喫煙者に比べて高いことも明らかにされてきています。
たばこが胃粘膜の血流を阻害
胃は、早ければ約60秒で潰瘍が出来るといわれるほど、デリケートな臓器です。
胃の粘膜には毛細血管が張り巡らされており、この血流がスムーズにいかないと胃潰瘍にかかりやすくなります。胃粘膜の血流量にたばこの煙が及ぼす影響を測定すると、わずか3服の喫煙によって、常習の喫煙者で約20%、非喫煙者で50?70%も血流量の低下が見られます。血流が遮られることによって粘膜の防御力は低下し、かいようにかかりやすくなると考えられます。実際に、喫煙者は非喫煙者に比べて消化性かいようにかかりやすく、喫煙本数が多いほど死亡率が高いという調査報告もあります。
潰瘍再発率も高まる
また、消化性潰瘍の治療効果が喫煙によって低下したり、再発率が高まったりすることも分かっています。胃かいよう患者で禁煙を厳守した群では、6年間の経過観察で再発が16.1%だった一方、禁煙出来なかった群では48.3%に再発をみています。また、十二指腸かいようでも、禁煙できなかった群では6年間に51.8%に再発をみています。
高血圧、狭心症、心筋こうそく
喫煙による急性の影響として、血圧の上昇と心拍数の増加があげられます。血管の内皮が障害を受け、血小板凝集能が高まり、アテローム硬化が進む作用もあります。国内のある地域で20年間調査を続けた結果では、喫煙が心筋こうそくの大きな危険因子であることが示されています。特に収縮期性高血圧と組み合わさった場合には、1日に10本以上吸う人の心筋こうそくのリスクは、血圧が正常値で1日の喫煙が10本未満の人の約19倍という結果でした。
動脈硬化の条件がそろう
たばこの煙に含まれるニコチンには、心拍数の増加、血圧上昇、末しょう血管の収縮などをもたらす作用があります。また、ニコチンや、ニコチンによって副腎髄質からの分泌を促進されたカテコラミンは、血小板凝集能を高めるため、血栓が出来やすくなります。一方、やはり煙に含まれる一酸化炭素は、ヘモグロビンと大変強い結合力を持ち、両者が結びついたカルボキシヘモグロビンは血管内皮を酸欠状態にし、内皮を傷つけます。そして、血中の脂質についても、善玉コレステロールを減らし、悪玉コレステロールを増やすので、動脈硬化はますます起こりやすくなります。
喫煙者と非喫煙者で有病率に明らかな差 が
心筋こうそくなどの虚血性心疾患に関する研究の中には、1日20本を超える喫煙者は非喫煙者に比べて、疾患の発生率が3.2倍という報告もあります。また、喫煙を開始した年齢と、動脈硬化に起因する心疾患の間にも関連性があると指摘されています。19歳までに喫煙を開始した人は、非喫煙者の2倍強、病気になる危険度があると結論を出した調査もあります。
日本をむしばむ糖尿病も危ない
また、日本人を静かに脅かしつつある病気に糖尿病があります。「糖尿列島」などといわれるほどで、予備軍も含めると1370万人といわれています。すい臓からも分泌されるインシュリンが不足するために起こる病気ですが、怖いのは糖尿病自体よりも、網膜症、腎症などの合併症や、心筋こうそくなどが起こりやすくなるという点です。糖尿病性網膜症は、眼底の網膜に血管障害が起こったものですが、これと喫煙との関連についての結論は不一致ながら、調査によっては網膜症の頻度が喫煙者は非喫煙者の約4倍という結果も出ています。細小血管障害だけでなく、喫煙によって血中のニコチン濃度が上がり、アドレナリンが分泌されて血糖が上昇する可能性もあり、すべての調査が糖尿病に対してたばこを吸う糖尿病患者の健康に悪影響があるという点では共通の認識があるようです。
大都市たばこ病
大気汚染の人体への悪影響が長年指摘され続けていますが、その主役は工場や自動車から大量に排出される煤じんや、窒素酸化物(NOx)、硫黄酸化物(SOx)などです。これらは周知のとおり、呼吸器などにダメージを与えますが、たばこがさらにマイナスの要素となって働くのが大気汚染複合(大都市たばこ病)です。他に、建材として昔から使用されてきたアスベスト(石綿)は、肺など呼吸器に有害だとして使用が規制されています。特に喫煙者がアスベストを扱う職業に従事していて呼吸器疾患にかかった場合には、職業たばこ病となります。
次回はたばこの煙に含まれる有害物質の代表格、ニコチン・タール・一酸化炭素が体におよぼす影響についてお話します。
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